2019年のわたしのはなし
女の大厄とも言われる厄年だった。
御祓出来る場所が近所にあるとも思えないし、役者は敢えて厄祓いしないことで芸の肥やしにすると聞いたことがあったので、なんとなく厄祓いをしないことにした。
今だから書けるあの頃の話みたいな書きなぐり。ゆるくだるく2019を振り返ってみます。
2018年12月
2019年を語るのに欠かせないのが、この12月の出来事。
12月18日に、函館の広報誌のステップアップさんから連載コラムのお話をいただいた。この日から、タイトルや構成をずっと考えるようになった。
1月
新年の挨拶とともに、ネコを支える技術の電子書籍版をリリースした。
ラスベガスへ行ってきた。ホテルもどのレストランも素敵だった。
連載コラムのスケジュールが決まった連絡がきて、6ヶ月間毎月締め切りがある生活に少しだけドキドキした。
2月
"オープンカーが欲しい"
そんなことを考えながら会社でビールを飲んでる金曜日に、車好きの同僚3人衆がCarGurusでこの子をみつけてくれた。
酔った勢いで、試乗をWebから申し込んだのが2月1日。試乗したのが2月6日。
ちょっとでも合わないと思ったら諦めようとか試乗するまでは考えていたものの、実物を瞬間に惚れ、試乗の最中は支払いをローンにしようか現金払いにしようか考えてた。
翌週の2月12日、私の小切手と引き換えに、青いロードスターがやってきた。
サンフランシスコキャリアフォーラムで、エンジニアのキャリアのパネルディスカッションに登壇した。
3月
寄稿した。
土曜日のある朝、突然思い立って、1年半伸ばしてワンレングスにしていた前髪をバッサリ切っていた。最初は、鏡の自分に少ししっくりこなかったけど、慣れたらやっぱり前髪あった方が良い気がした。
ナパのアウトレットモールにて、見た瞬間に買う意思決定をして、値札も見ずに買ったら60% offで驚異の安さだったショルダーバッグ。
日本とアメリカに分かれて研修旅行している学校の報告会のお手伝いをした。このとき学生さんと「やりたい職種がインターネット上では低賃金と言われて、夢として抱いちゃいけないのか」という話になり、見知ってるものだけが仕事ではない。どうしてその職につきたかったのか気持ちを分解すること、職種を知ることで、業種の賃金を向上させる糸口を見いだせるかもみたいな話をした。
そしてこの帰り道、ずっとこのことを考えていた。
4月
海外コラムの第1回目の締め切りがついにやってきた。タイトルは4ヶ月くらい悩んでいた。
自分の軸がワインとエンジニアだったので、"Hello World from the Vineyard"という言葉が、ぼんやり浮かんでた。
そこから「ぶどう畑でハローワールド」になった。
異文化な職場とかエンジニアとして働くこと、この頃より前からワイナリーの件を計画していたこと、そんな背景から小中高校へも配られるにも関わらす、ワインの話が無駄に多いコラムが書き上がった。
Women Who Codeのカンファレンスのブースのお手伝いをした。このとき、いろいろなことを考えてたけど、CFPしっかり出していこうってモチベーションが上がった。
次のワインをどんな配合にするか会議。
バリでバリバリ遊んだ。
サンフランシスコから香港・シンガポールと経由して移動した。何もかもが楽しい旅行だった。
5月
連載コラム第一回目の印刷レイアウトが上がってきて、ワクワクした。当初「ぶどう畑でハローワールド」だったタイトルは、印刷レイアウトの印象から「葡萄畑でHello World」へ変更になった。
巨大ブラウンとの同棲生活がはじまった。でかいかわいい。deploygateのイベントで余市ウイスキーを頂いて気に入り、アイラウイスキー以外も飲むようになった。
会社のランチ史上一番美味しかったといっても過言ではない。サーモンエッグベネディクト。
これ以降、たまにエッグベネディクトを食べたくなるようになった。
はじめてワイナリーの中の人として、屋外のイベントでワインをサーブした。
後に、「2019年これは買わなくてよかったもの」にランクインすることになるお風呂。メンテナンスが結構大変でお風呂に入る頻度が減ってしまった。この数カ月後、普段使ってたサイズのお風呂を買い直した。
会社を休んで、ワインのボトリングをした日。樽から組み上げられる熟成済みのワインの香りが一面に広がっていて、ワインの香水があればいいのになんて考えながら、ワインのダンボールにラベルを貼る作業を延々と延々と延年とやった。
6月
生牡蠣とスパークリングワインの実質食べ飲み放題のイベントが最高だった。
会社でまさかのラーメンが出た日。
この日、前職の海外事業部で一緒に仕事したとき、英語ペラペラで憧れていた女性の先輩が、何故かUSのうちのオフィスに車椅子姿で現れて、意味がわからなかった。US出張中に骨折してしまったらしい。
「英語、めっちゃうまくなったね」と言われたのがすごく嬉しかった。
7月
生きることに対するスランプのようなものが発生して、何も書けなくなってしまった。毎日快晴な青空が無性に苦しくて、土地から逃げ出したくなった。そんなタイミングで、紙面上で夏休み向けイベントの告知や広告スペースが必要になり、連載コラム第3回目の原稿の締め切りが一ヶ月ほど伸びた。
大好きなガラス作家である湊 久仁子先生がポートランドで酒器と日本酒のイベントをやるということで、文字ポートランドへ通り飛んでいった。一目惚れした花瓶とグラスをお迎えした。
行きの飛行機で唯川 恵の燃えつきるまでを読みはじめてしまい、なんとなく空港発の電車に乗ってから読了するまで下車しないとか、そういうことをしていた。
ポートランド旅から戻ってからは、
Crescent Moonのキャップ付け作業を延々と延々と延々とやったり
倉庫で寝落ちしたりした。
この頃、白州ハイボールの美味さに突然覚醒した。
8月
渋谷区の中学生生徒さん向けに、デザイン思考とProttを使ったアプリプロトタイピングワークショップをやった。毎年この企画と反省会が本当に面白い。
GoodTryJapanさんの世界で自分の将来を考える旅の中で、シリコンバレーの歴史や自分のキャリアのお話をしてきた。
ローカル企業のオフサイトイベントで、ワインをサーブしたり売ったりした。
9月
第四回目はウイスキーにまつわる話を書こうとしていた。というか、実は書き上げてた。けど締め切りの2日前に、さらなるネタが浮かんでしまい、「やっぱり内容変えよう」となった。そこから一気に全部書き直した。そんなドッタンバッタンな裏側であった。
前半は様々な友人が遊びに来て、にぎやかな感じだった。
カラフルな写真を撮り集めるのがライフワークっぽくなっていて、このキャピトラビーチはずっと来たかった場所。
Joseph Phelps VineyardsのInsigniaがあまりにも美味しすぎて、「このワインの味を知る不幸と知らない不幸どちらがよいか?」トークが発生した。
あのとき、Insigniaを買わなかったことをだいぶ後悔した。
この頃、ワイナリーを買うための契約書や支払いを準備のピークだった。
そこそこいっぱいいっぱいな状態で生きてるが、どこかで発散させたい。というか飲まないとやってられない。そんな衝動から、公園の滑り台で夜中に酒が飲みたくなり、東京へいった。
ポートエレンを求めて都内を彷徨ったりもした。
秋だし、人生一度でいいから七輪で焼いた秋刀魚というものを食べてみたかった。しかし、備長炭は本当に火起こしが大変だった。
平日昼間のランチに、Kenzo
誕生日は、みんなでドレスアップして、リムジンに炊飯器を持ち込んで、イクラ丼を食べてドンペリを飲むというという、言葉では言い表し難い笑いの祭典だった。このときは、本当に駆けつけてくださった友人の皆様ありがとうございます。中目黒の自宅から駅まで炊いた炊飯器を運ぶのは、相当重かったはず。
この日、親しい友人たちにワイナリーの購入をやっと報告できた。
数日後、ワイナリー購入のために切った小切手の引き落としがトラブっていたことが判明し、日本から電話でお金を送金する作業をめちゃくちゃ頑張った。心臓に悪かった。
10月
今年の収穫は、実は日本にいたため参加できず。発酵を終えた葡萄を絞る作業から参加した。この絞るときの空気の香りも本当に大好きだった。
神の雫の作者である亜樹直姉弟が参加するワインイベントをひょんなきっかけから知り参加した。東京ワイン会ピープルという小説が好きで、その作者と知って、心がぴょんぴょんしていた。
このときに作り手である自分という自我のような感覚が、数年ぶりに帰ってきたようなそんな感覚を覚えた。
今年2回目のポートランド旅行。前回行った際は、心の調子があまりよくなかったのと、美味しいオレゴンワインに出会えなかったけど、今回はちゃんと出会えた。
Sokol Blosser Wineryのピノ・ノワールは全体的に美味しかったし、Domaine Serene Wineryのシャルドネは、以前飲んだKistler Vineyardsのシャルドネのような方向性と芳香性でよかった。
ハロウィン前日。フリーウェイを120km/hくらいで走行中に、車のタイヤが破裂して車軸に絡まり、ブレーキもハンドルも片側だけ効かなくなる状況でガードレールにぶつかりかけた。死ぬかと思ったし、今でも「あ、ブレーキ効かない…」と理解した後から停車するまでの記憶が本当に飛んでいる。人間の脳って本気で記憶喪失できるのかと感動した。
はじめてレッカーを呼んで救助されたり、車を修理した。修理で済んでよかった。
この段階で、連載が第五回目まできた。この回はオープンカーの話で、原稿書き上げたときは、まさかあのとき事故るなんて予想もしていなかった。
11月
うちの葡萄畑と愛車。
第六回目という最終回の原稿を無事提出できた。
思い返せば、連載のお話をいただいてから、「そうだ、あの話も書いてみよう」とかそういうことばかり考えていたので、終わるのが一気に寂しくなったりもした。あと、連載終わった後にできた時間で何をしよう?とかも考えていた。
連載終わった後に出来た時間の使い道はわりと杞憂に終わって、無事あの原稿が印刷されて世に出た2日後、SUNSET CELLARSの共同オーナーになったことを情報解禁した。
正直、不安でいっぱいだった。
様々なオペレーションのタスクが増えていった。
サンクスギビングデーは、豪華で楽しかった。
9月に購入を見送ってずっと後悔していたInsigniaを、今度こそ買った。
12月
同僚たちといったハワイ旅行が、心の底から本当に楽しかった。あまりに楽しすぎたせいで、帰りの飛行機を一旦キャンセルして、予定よりも1日多く滞在してしまったくらい楽しかった。どうでもよいことまで、全て楽しかった。
アドベントカレンダーを書いた。
CELINEのトラペーズをお迎えした。
ブルベ冬の人間としては、シルバーの金具の鞄がよくて、タイミングよく出会えてよかった。この鞄に似合う人間として生きていきたい。
特にまとめるものもないけれども、だいたい毎月原稿の締め切りがある生活の中で、ワイナリーの準備しつつ仕事をして、旅行へも出かけて、しっかり遊び、美味しいお酒と出会う。我ながらよく出来た人生だったんじゃないかと思う。
「よくがんばりましたね」って言われたい日々だった。
2019年買ってよかったものはスポーツカーとワイナリー。(言ってみたかった)
2020年
ありがたいことに面白そうなワークショップやパネルディスカッション登壇のお話を頂いていて、ホームランを出せるように精進し続ける所存です。
来年個人的にやりたいこと、それは胸のうちにもう少し保管しておきます。
エンジニアもワイナリーの運営も何もかも、どれ1つも後悔したくないから、全力投球し続けそうです。